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岡山地方裁判所 平成4年(ワ)1065号 判決 1994年10月31日

原告

末田晃

ほか一名

被告

田枝康志

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告らそれぞれに対し、各自金一四二六万三七六七円及びこれに対する平成三年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告富士火災海上保険株式会社(被告会社))

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故(本件事故)の発生

末田寛明(寛明)は、平成三年一二月九日午後八時一分ころ、岡山市津島南一丁目一番一二号先国道(本件国道)上を自転車(寛明車)に乗つて横断中、被告田枝康志(被告田枝)が、制限速度(時速四〇キロメートル)をはるかにこえる時速約九〇キロメートルの高速度と前方不注視の態様にて運転していた普通乗用自動車(岡山五七ろ五八八九、被告田枝車)にはねられ、脳挫傷、胸腹部内臓破裂、左肋骨骨折の傷害を負い、同日午後一〇時五分、右傷害により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告田枝

被告田枝は、被告田枝車の借入使用者であり、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、寛明に生じた損害を賠償する義務がある。

(二) 被告会社

被告田枝車は、被告田枝が他から借用した自動車であつたところ、被告田枝は、被告会社との間で、被保険者が借用自動車の運転に起因して他人の生命、身体を害することにより、損害賠償責任を負担することによつて被る損害を被告会社が填補することを内容とする自動車運転者損害賠償責任保険契約(本件保険契約)を締結していた。

従つて、被告会社は、被告田枝が原告に対し賠償すべき損害につき、原告に直接賠償する義務がある。

3  損害

(一) 逸失利益 三六〇七万七五三四円

寛明は、死亡当時一三歳で、中学二年生であり、賃金センサス平成二年男子労働者学歴計による年収額は五〇六万八六〇〇円で、生活費控除割合を五〇パーセントとし、中間利息の控除につき一三歳に対応するライプニツツ係数一四・二三五七を用いると寛明の逸失利益は三六〇七万七五三四円となる。

五〇六万八六〇〇円×(一-〇・五)×一四・二三五七=三六〇七万七五三四円

(二) 慰謝料 一八〇〇万円

(三) 損害の填補(既払の自賠責保険金)二八一五万円(差引請求額二五九二万七五三四円)

(四) 弁護士費用 二六〇万円

(五) 合計 二八五二万七五三四円

4  相続

原告らは、寛明の父母として、右損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

5  まとめ

よつて、原告らは、被告田枝に対しては自賠法三条に基づき、被告会社に対しては保険契約に基づき、被告ら各自に対し、原告らそれぞれにつき一四二六万三七六七円及びこれに対する本件事故の日である平成三年一二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、本件事故発生、及びこれに起因する寛明死亡の事実は認め、事故態様は否認する。

2  請求原因2(二)は否認ないし争う。

3  請求原因3の事実中、(三)の既払金は認め、その余の事実は否認する。

4  請求原因4の事実中、相続関係は認め、その余は争う。

三  抗弁(被告会社)

1  過失相殺

本件事故は、夜間暗く、歩車道の区別があり、しかも近くに横断歩道や自転車道の設置してある交通量の多い幹線道路において、被告田枝が青信号に従い、被告田枝車を直進進行させていたのに対し、寛明が赤信号を無視して、対面信号が赤色であるため停止していた車両のすき間から、急に無灯火のまま飛び出す形態で、本件国道を無謀に横断しようとしたことに起因するものである。従つて、寛明には、本件事故発生につき八〇ないし九〇パーセントの過失がある。

2  保険約款上の免責

(一) 本件保険契約は、いわゆるペーパードライバー保険であつて、他人の自動車を一時的に且つ私用に運転する場合にのみ適用される自動車保険であるところ、被告田枝は、被告田枝車を高田から借り受け、勤務先の富士商事等の業務や自己の私的な目的のために運転していたものであり、使用期間が本件事故発生時までは約半年位であるものの、以後継続的に数年にわたつて運転使用する目的のものであつた。従つて、本件は、保険約款上、保険の適用されない場合に該当する。

(二) 被告田枝車の正当な権利者は、白神裕正であり、同人が現在も車両代金の支払いをしているのに、同人の何らの了解、承諾を得ることなく、高田が車金融の金門商事有限会社から購入していたものであり、法的な手続きを経由して譲渡されたものではない。従つて、本件は、被告田枝が被告田枝車を使用するにつき、正当な権利を有する者の承諾を得ていない場合であるから、保険約款上、保険の適用されない場合に該当する。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実はいずれも争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因―(本件事故の発生)について

1  本件事故が発生し、これにより寛明が死亡したことは、当事者間に争いがない。

2  右争いがない事実に加え、証拠(乙二、三、一二ないし二四)及び弁論の全趣旨を総合して、当裁判所が認定した本件事故の態様は、以下のとおりである。即ち、

本件事故現場は、岡山市内の津島西坂方面(西)から学南町方面(東)に向けて東西に走る、道路部分の幅員が約一五メートルで片側二車線、制限速度毎時四〇キロメートルの国道五三号線(本件国道)上であるが、右現場の西側は、南方の伊島町方面へ向かう道路と交差する、時差式の信号機により交通整理のなされたいわゆるT字型交差点(本件交差点)になつているところ、右交差点の東、西、南の各入口には、それぞれ横断歩道と自転車横断帯が設けられており、本件事故現場は、本件交差点の東詰め入口にある、本件国道を南北に横断するための自転車横断帯からは東へ約一六メートルの地点である。本件事故発生時の本件国道は、車両の交通量が多く、また、夜間で、本件国道は、道路両側の街灯や病院・商店等の広告灯の照明により、やや明るい程度であつたが、同車線のうちの中央線拠りの車線は、右照明の届き具合が少ないため暗く、前方の見通しが悪く、通行車両にとつては、前照灯の照射範囲しか前方の見通しが効かない状況であつた。なお、本件国道の本件現場付近は、市街地であつて、本件事故の時間帯の午後八時ころでも、昼間に比べては少ないものの、歩道や横断歩道上の歩行者や自転車等の通行も普通にみられる状況であつた。

被告田枝は、少なくとも時速約七〇ないし八〇キロメートルの速度で被告田枝車を運転して、本件国道の東行車線のうちの中央線拠りの車線を西から東に向けて進行し、本件交差点に差し掛かつて、右交差点中央の手前約四五メートルの地点で、進路前方(同交差点の北東角)の信号を確認したところ、青色であつた。なお、被告田枝は、前照灯を下向きにして走つていたが、当時の付近の照明状況の下での見通しの範囲は、前方三八・六メートルであつた。

一方、被告田枝から見て、対向の東行車線においては、既に赤信号に変わつており、信号待ちに入つた四台程度の車両(普通車)が、二列になつて本件交差点の東詰入口の停止線の手前に停止していた。寛明は、寛明車(自転車)に乗つて、学習塾から帰宅する途中、本件国道を南から北へ横断するにあたり、当時未だ赤信号のもとにあつた本件交差点の東西入口ニ箇所にある自転車横断帯を横断することなく、本件交差点の東詰入口の前記停止車両の後方で、本件交差点東詰の自転車横断帯の約一六メートル東側の付近を、通常の自転車の速度で真つすぐ渡り始めた。

被告田枝は、前記信号確認後、前方注視が十分でない状態で、前記速度のまま本件交差点の中央付近まで進行したところ、進路前方約三四・一メートルの地点に、前記停止車両の後方から北側の中央ゼブラ帯付近へ出て来た寛明車を発見して、衝突の危険を感じ、急ブレーキをかけるとともに、ハンドルを左に切つたが間に合わず、自車右前部を寛明車の左前部に衝突させ、寛明を右前方に跳ね飛はし、本件国道上に転倒させた。

3  補足説明

(一)  寛明車の進路の信号

寛明が横断していた際の南北道路の信号が赤色であつたことは、証拠(乙ニ、三、一九ないし二四=いずれも被告田枝の供述)及びその裏付けとして弁論の全趣旨(提示した刑事記録中の目撃者古河三朗及び多田敏彦の検察官に対する各供述調書)によつて認められ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(二)  被告田枝車の速度

前記2で認定した本件事故現場の状況、証拠(乙三、乙一五)によつて認められる、右現場に残された被告田枝車のスリツプ痕の状況(長さ二四・一メートル(長い方)と一四・六メートル(短い方)の痕跡を残し、一旦約四・五メートル途切れた後、再び右短い方の続きに五・八メートルの痕跡を残している)、被告田枝車・寛明車の損傷状況(前記衝突部位付近が激しく損傷している)等に照らして考えると、本件事故当時の被告田枝車の走行速度は、被告田枝が供述している時速七〇キロメートル(乙二、一九ないし二四)ないし八〇キロメートルの高速であつたものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

(三)  被告田枝の前方不注視

前記2で認定したとおり、被告田枝は、被告田枝車の下向きの前照灯により、前方三八・六メートルまで見える状況で、前方三四・一メートルの位置に寛明車を発見していることに鑑みると、前方の注視が不十分であつたものと推認することができる。

二  請求原因2(責任原因)について

1  証拠(乙二、一一、二〇)によれば、被告田枝車の実質上の所有者は、白神裕正であるが、同人が右車両を自動車金融の金門商事有限会社に担保として預けていたところ、同会社が正規の担保権実行の手続きを経ることなく、藤本明ないし高田泰ニが経営する株式会社富士建興が同車両を取得するところとなり、被告田枝は、本件事故発生の少なくとも一ないし三週間前ころから、これを藤本ないし高田から借りて、通勤、仕事、私用等に用いていたことか認められる。そうすると、被告田枝は、本件事故当時、被告田枝車を自己のために運行の用に供していたものと認められるから、自賠法三条に基づき、寛明の死亡により生じた損害を賠償する義務があるというべきである。

2  証拠(乙一の一、二)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2(二)前段の事実が認められる。

なお、同2(二)後段の被告会社の原告に対する損害賠償義務の有無については、抗弁2との関係で、暫く置く。

三  請求原因3(損害)について

1  逸失利益 三六〇七万七五三四円

証拠(乙二五、原告末田晃本人)によれは、寛明は、本件事故当時、一三歳になる健康な男子中学生であつたところ、学業成績も優秀で、将来は事務系の公務員になる志望を有していたものであることが認められる。そこで、寛明の得べかりし収入については、賃金センサス平成二年第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の年収額五〇六万八六〇〇円を基礎にし、寛明の生活費の控除割合を五割、中間利息の控除につき一三歳に対応するライプニツツ係数一四・二三五七(一八・五六五一(五四年に対応する係数)-四・三二九四(五年に対応する係数)=一四・二三五七)を用いて計算すると、寛明の逸失利益は三六〇七万七五三四円となる。

五〇六万八六〇〇円×(一-〇・五)×一四・二三五七=三六〇七万七五三四円(円未満切捨て)

2  慰謝料 一八〇〇万円

前記1で認定した寛明の年齢、生活状況、一2で認定した本件事故態様等、本件に現れた一切の事情を斟酌すると、寛明の死亡慰謝料は一八〇〇万円とするのが相当である。

3  そうすると、寛明の被つた損害の合計は、五四〇七万七五三四円となる。

四  過失相殺について

1  被告田技及び寛明の過失の有無及びその内容

前記一2で認定した本件事故の態様によると、まず、被告田枝には、本件交差点に差し掛かるに際して、前方の注視が十分でなかつた点と、とりわけ、制限速度(時速四〇キロメートル)を三〇ないし四〇キロメートルも超えた時速七〇ないし八〇キロメートルの高速度で、本件交差点を通過した点に、大きな過失が存在することが認められる。

他方、寛明には、直近の歩行者用の信号か赤色であるにも拘わらず、夜間で照明の光によつても暗くて見通しが悪く、交通量の多い幹線道路たる本件国道を、直近の自転車横断帯を横断することなく、しかも、停止車両の後方から飛び出す形態で、横断を開始・継続したこと(その間、左方から来る直進車両の安全確認が不十分であつた点(本件事故発生の事実から推認される)も含む)に重大な過失があることが認められる。

2  過失割合

本件事故の態様は、対面信号の青色に従つて直進して来た被告田枝車が、自転車横断帯及び横断歩道通過直後に、直近の歩行者用信号が赤色信号の状況下で、自転車横断帯でない場所を、停止車両の後方から飛び出す形で横断していた自転車である寛明車と衝突した事案であるところ、右のような横断方法は危険であつて、本件国道が市街地内にあり、本件事故時にも未だ歩行者や自転車等の通行も普通にあつたことや、本件事故現場が交差点の近くであることを考慮に入れても、本件国道を通行する自動車運転者として、赤信号を無視して、対向停止車両の後方から横断して来る自転車の存在まで予測することは、通常期待できないことに鑑みると、本件事故は、勿論被告田枝の運転態度も大いに問題であつて、その過失も大きいが、基本的には、寛明の重過失によるものといわざるを得ない。

そうすると、本件事故につき、被害者たる寛明の過失割合は、少なくとも五割は存するものと認めるのが相当である。そして、抗弁主張をしている被告会社との関係では勿論のこと、以上のような事実認定のもとでは、寛明の過失による損害額の減額(過失相殺)は、被告田枝との関係でも斟酌するのが相当である。

五  損害の填補等

そこで、前記三3の損害額の合計五四〇七万七五三四円を過失相殺によつて五割の減額を行うと、二七〇三万八七六七円となるところ、本件事故の損害の填補として、既払の自賠責保険金二八一五万円が存在することは、原告らの自認するところであるから、既に寛明の損害はすべて填補されているものといわなければならない。

従つて、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの被告田枝及び被告会社に対する請求は、いずれも理由がないことになる。

六  結論

以上の次第で、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 徳岡由美子)

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